この記事は、人権の専門家ではない宮崎の一個人事業主・ゆうとりが、AIと最新の情報を頼りに学びながら書いています。経済でも健康でも幸福でもつながっている「人権」というテーマを、宮崎から一緒に考えていくための連載です。
「人権教育」と聞いて、何を思い浮かべますか
「人権教育」という言葉は、学校の授業や職場の研修で一度は耳にしたことがあるかもしれません。ただ、実際に何を目指すものなのか、漠然としたまま使われていることも多いのではないでしょうか。
あなた自身も、学校で受けた人権教育の授業を思い出したとき、「大事だとは分かるけれど、正直記憶に残っていない」と感じることはないでしょうか。知識として一度学んだだけでは、日々の行動にはなかなか結びつきません。
このシリーズでは、いきがいカフェ協会が提案する解決策の一つとして「尊厳教育」という言葉を使っています。今回は、この言葉が何を意味しているのかを、あらためて整理してみたいと思います。
実は、このテーマを考えるようになった、ぼくにとって運命的な出会いがあります。
ハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究センターに所属し、デズモンド・ツツ氏らとともに国際紛争解決に長年携わってきたドナ・ヒックス博士の著書『Dignity(邦題:同題、幻冬舎刊)』との出会いです。
この本を読んだとき、これまでぼんやりと感じていたことが、一気に言語化された感覚がありました。
ヒックス博士は、人が尊厳をもって扱われるために欠かせない10の要素と、逆に人の尊厳を踏みにじってしまう10の心理的な誘惑を、それぞれ具体的に整理しています。
この「尊厳モデル」を、もっとたくさんの方に知ってもらいたいと感じています。
宮崎で進められている尊厳教育の取り組みに、この考え方を取り入れることができれば、尊厳についての理解がさらに深まるはずだと、ぼくは確信しています。
機会があれば、このモデルについて皆さんと一緒に学ぶシェア会のようなものを開催したいとも考えています。
興味を持ってくださった方は、ぜひお問い合わせください。
出発点は「すべての人は尊厳において平等」という一文
1948年に採択された世界人権宣言の第一条には、すべての人間は生まれながらにして自由であり、尊厳と権利において平等である、という一文があります。
人権という考え方そのものが、「人には生まれながらに尊厳がある」という前提の上に成り立っているのです。
この考え方をふまえ、1993年にウィーンで開催された世界人権会議では、人権・民主主義・法の支配をすべての教育機関のカリキュラムに含めるよう、各国に呼びかけがなされました。
その後、国連が採択した人権教育・研修に関する宣言でも、教育は人間の人格とその尊厳の感覚を十分に発展させるためのものである、という考え方が示されています。
つまり尊厳教育とは、単に「差別はいけません」という知識を教えることではなく、一人ひとりが自分自身の尊厳に気づき、同時に他者の尊厳にも気づけるようになることを目指すものだと言えます。
「知識としての人権」と「実感としての尊厳」は、似ているようで別のものです。
前者はテストで点数がつけられますが、後者は日々の関わりの中でしか育ちません。
世界で広がる「感情と社会性を育てる学び」
尊厳教育に近い発想は、実は世界的にも広がりを見せています。
アメリカでは、イェール大学の心理学者が開発した「社会性発達カリキュラム」が、後に世界的なムーブメントとなる「社会性と情動の学習(SEL)」の先駆けとなりました。
今日では世界中の何千校もの学校がSELを導入しており、対人スキルや感情の扱い方を、国語や算数と同じように「学ぶべきスキル」として位置づけています。
世界経済フォーラムやOECDといった国際機関も、これからの社会に必要な力としてSELを提言しています。
日本国内でも、この考え方を取り入れようとする動きが少しずつ広がっており、一部の学校では、SELやNVC(非暴力コミュニケーション)、システム思考といった概念を学ぶ教員向けの勉強会が開かれ、総合学習やホームルームの時間を使ったカリキュラムづくりが進められています。
差別や偏見をなくすための知識教育だけでなく、「自分の感情に気づき、他者の感情にも配慮できる力」を育てることが、結果的に尊厳を大切にする土壌をつくる、という発想です。
こうした学びは、子どもだけのものではありません。
企業の人権研修やハラスメント防止研修も、本質的には同じ狙いを持っています。
知識としてルールを教えるだけでなく、自分の言動が相手の尊厳にどう影響するかを、実感を伴って理解できるかどうかが、研修の効果を大きく左右します。
個人事業主であっても、取引先や顧客と接する場面で、この視点を持っているかどうかは、信頼関係のつくり方に直結する部分だと感じています。
宮崎県内でも進む人権教育推進校の取り組み
宮崎県内でも、県が指定する「人権教育推進校」の取り組みが各地で行われています。
小学校から高等学校、特別支援学校まで、様々な校種の学校が指定を受け、それぞれの地域や子どもたちの実情に応じた実践を重ねています。
こうした積み重ねの延長線上に、大人になってからも学び直せる「生涯にわたる尊厳教育」という発想を広げていくことができるのではないかと考えています。
いきがいカフェが考える「尊厳教育」
いきがいカフェ協会では、尊厳教育を「知識として学ぶもの」ではなく、「日々の中で実感し、積み重ねていくもの」として捉えています。
自分の存在そのものに価値があると実感できていること、そしてその実感があるからこそ、他者の尊厳も同じように大切にできること。この循環をつくることが、尊厳教育の核心だと考えています。
これは、いきがいカフェが掲げるもう一つの柱である「美徳の実践」や「生きがいをもつこと」とも、地続きになっています。
尊厳を知識として知っているだけでは、日々の行動は変わりません。
小さな実践を積み重ねることで、初めて尊厳教育は生きたものになります。
知る・実践する・生きがいを持つ、という3つの柱は、それぞれ独立したものではなく、互いに支え合う一つの循環として機能して初めて意味を持つと考えています。
AIを使った、学び直しの形も
尊厳教育を「一部の専門家が教えるもの」から「誰もが日常的に学び直せるもの」に変えていく上で、AIの活用にも可能性を感じています。たとえば、短い時間で学べるマイクロレッスンや、自分の理解度を確認できる簡単なクイズ形式のコンテンツなど、忙しい大人でも隙間時間に取り組める学びの形を、今後IKIGAIボード上でも用意していきたいと考えています。
一緒に学び直しませんか
尊厳教育は、誰か特別な人だけが受けるものではなく、生涯を通じて何度でも学び直せるものだと思います。
もしあなたが最後に「人権」や「尊厳」について考えたのはいつだったか、少し思い出してみてください。
IKIGAIボードでは、こうした学びのコンテンツや、実践を記録できる場を少しずつ充実させていく予定です。関心のある方は、ぜひコミュニティに参加してみてください。
この記事を読んで、何か感じたことはありましたか?
このシリーズは、宮崎に暮らす一個人事業主が、人権の専門家ではない立場から、皆さんと一緒に学び、考えていくための連載です。
私たちいきがいカフェ協会は、「尊厳教育」「美徳の実践」「生きがいをもつこと」という3つを、人権が尊重される社会をつくるための解決策の核だと考えています。
知識として知るだけでなく、日々の小さな気づきや実践を、同じ思いを持つ人たちと分かち合える場を、宮崎から育てていきたいと思っています。
IKIGAIボードでは、あなた自身の「生きがい」の傾向を知る診断や、同じテーマに関心を持つ人たちとのつながりを用意しています。よろしければ、覗いてみてください。

